朝日衰退の兆候
2014年11月24日
私は一九五五年に日本長期信用銀行に入行、八○年代に取締役を務め、その後顧問となって、九八年に多額の不良債権を抱えて国有化されるのを見届けました。資産ニ十四兆円の長銀が最後はあっけなく破綻したように、多くの人が「絶対に大丈夫だ」と思っている企業も、一度ヒビが入ると、一気に崩壊へと突き進む。
今その危機が朝日新聞に迫っていると感じます。朝日衰退の兆候はニ十年ほど前からありました。第一段階として、広告の質が低下したノ販売部数の減少を広告収入で補うために、それまで断ってきた不動産業者などの広告も掲載するようになりました。第ニ段階は○八年から始まった。
社主家の村山美知子氏が持っていた朝日新聞社の株式をテレビ朝日に売却し、○九年には朝日新聞社社員持株会や朝日放送に譲渡した。要は社主家からも見放されたのです。第三段階は一○年。人件費削減のために早期退職者制度を実施すると、その破格の条件に、幹部も含む社員の応募が殺到した。つまりべテラン記者たちが朝日に見切りをつけたわけです。第四段階は、べテラン記者の抜けた穴を補城するはずの優秀な学生が入ってこなくなったことです。
象徴的なのが、今春の「朝日新卒社員に東大卒ゼロ」というニュースでしょう。他にも押し紙問題や不動産事業への依存度の高さなど考慮すべき要因がある。そんな中で起きた一連の問題は、朝日が破綻へ向けた第五段階に入ったことを示しています。
今その危機が朝日新聞に迫っていると感じます。朝日衰退の兆候はニ十年ほど前からありました。第一段階として、広告の質が低下したノ販売部数の減少を広告収入で補うために、それまで断ってきた不動産業者などの広告も掲載するようになりました。第ニ段階は○八年から始まった。
社主家の村山美知子氏が持っていた朝日新聞社の株式をテレビ朝日に売却し、○九年には朝日新聞社社員持株会や朝日放送に譲渡した。要は社主家からも見放されたのです。第三段階は一○年。人件費削減のために早期退職者制度を実施すると、その破格の条件に、幹部も含む社員の応募が殺到した。つまりべテラン記者たちが朝日に見切りをつけたわけです。第四段階は、べテラン記者の抜けた穴を補城するはずの優秀な学生が入ってこなくなったことです。
象徴的なのが、今春の「朝日新卒社員に東大卒ゼロ」というニュースでしょう。他にも押し紙問題や不動産事業への依存度の高さなど考慮すべき要因がある。そんな中で起きた一連の問題は、朝日が破綻へ向けた第五段階に入ったことを示しています。
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